最初に認識したのは、赤い絨毯の敷かれた長い廊下。
「……。」
とりあえず、見回してみる。
道なりに設置されたアンティークな燭台。
壁に掛けられた絵画。
十字路の左右に飾られた鎧兜。
…見覚えは、全くない。
「…………。」
自分の身を確認。
落ちた時、咄嗟に受け身を取った為ケガはない。
身分や出自がわかるようなものも、身につけてはいない。これは不幸中の幸いだ。
しかし――手ぶら。ビッキーのくしゃみに驚いた瞬間、棍を取り落とした。これはかなり致命的だ。
一応左手には『流水の紋章』を宿してはいるが、普段回復にばかり使っているのでいまいち心もとない。
(…これからは、ビッキーの前は通らないようにしよう…)
そんな決意を胸に、とりあえず立ち上がる。ここに座り込んでいても事態は一向に動かない。
ひとまず移動し、人を見つけよう。そうすれば、ここがどこだかはわかるだろう。
(…なんだかお城みたい…)
冗談混じりにそんな事を考えながら歩いていく。
十字路を適当に勘で曲がり、進んでいく。進んだ先、数分もせず人に会えた。と同時に、話すまでもなくここがどこだかを察した。
進行方向にあるT字路からひょっこり現れたのは、三人の男性。
一人は知人。三年前、自分の元で共に戦ってくれた地魁星レオン・シルバーバーグ。
そして彼の左右に付き従うように歩いていたのは──ハイランドの猛将として名高いシード将軍並びに、知将として名高いクルガン将軍だった。
「…え゛っ!?」
「フェ!?!??」
フェイレンの引きつった声と、レオンの素っ頓狂な声が重なった。
「あん? …見ない顔、だが…誰だ?」
シードの声に、びくりと肩を震わせ硬直するフェイレン。
「フェ──フェーレ、何故こんな処に?」
フェイレンが口を滑らす前に、レオンが口を開いた。
「…レオン殿のお知り合いですか?」
「私の親戚です」
クルガンの問いに、レオンはさらりと言い切った。
「…似てねぇな」
フェイレンとレオンを交互に見つつぽつりと呟くシードを無視し、レオンはフェイレンへ歩み寄る。
「ここには来ちゃダメだと言っただろう」
「え、あ、ごめんなさいレオン――おじさん」
「さあ出口まで送ろう母が心配する帰りなさい」
戸惑うフェイレンの背を押し歩き出すレオン。
レオンの機転に感謝し、ほっとしたのも束の間──
「レオン殿」
クルガンの静かな呼び掛けに、フェイレンの肩が跳ね上がる。
「なんですかな?」
さすが(腐っても)軍師。微塵も動揺を見せず、静かな口調で問い返す。
「これからすぐに軍議です。出口まで送っていては遅れます」
(――セーフ!!!! バレてない!!!!!)
心の叫びは顔に出さず、平静を装いレオンが再び口を開く。
「しかし、ここにこのまま放置するわけにもいきますまい。城の中は迷路ですし、案内なしに出口まで行くのは…」
「なら、俺が案内してやるよ」
気安く声を挟んだのはシードだ。顔に軍議がサボれると書いてある。
「シード」
窘めるような声音でクルガンが名を呼ぶ。
「レオンが行くより早いだろう? 走って帰ってくるって」
言うが早いか、フェイレンの腕を掴み歩き出す。
「あ、あの、ちょ…」
腕を引かれながら助けを求めるようにレオンに視線を向ける――レオンは後は自分で頑張れとばかりに合掌していた。
「しっかしレオンの親戚ねぇ…やっぱアンタも軍師なのか? そうは見えないが」
フェイレンの腕を掴んだまま、廊下を凄まじい速さで歩いていくシードに、フェイレンは遅れぬようにと小走りでついていく。
「え、あ、いえ…」
掴まれた腕の痛みに耐えつつ、フェイレンは言葉を濁す。
下手な事を言って、正体がバレればかなり面倒な事になる。そうなれば、多くの人に迷惑を掛けることになるだろう。
「名前、なんだ? 何・シルバーバーグ?」
「えっ!? …あー…フェ…レ、です」
とりあえず、先程レオンが言った名前を名乗っておく。
「フェーレ? フェーレ・シルバーバーグ?」
「あ、は、はい…」
繰り返すシードに、頷き肯定する。
「よし、フェーレ。お前暇か?」
「…は?」
突然の一言に、思わず間の抜けた声を出す。
「予定はあるかって聞いたんだよ。この後の。急ぎの用とか。どうだ?」
「いえ、別に…」
畳み掛けるように問い掛けてくるシードの得体の知れない迫力に押され、思わず正直に答えるフェイレン。
「おっしゃ! じゃあお前、このまま付き合え。街を案内してやる」
「……え???」
「フェーレは何処住んでんだ? 王都じゃなさそうだが」
「へ!? あ、えっと、その…」
「予定ないんだろ? せっかく来たんだ、観光してけって」
「いや、あの…」
「そうと決まりゃあクルガンに見つかる前に行くぞ!」
言ってフェイレンの答えを待たずにずんずん進んでいく。
「…さっき、クルガン将軍…軍議って…」
フェイレンの呟きは、猛将シード将軍の耳には届かなかった。
ちなみに。フェイレンが開放されたのは、日が沈み始め西の空が赤く染まった――どう考えても軍議が終わっているであろう頃だった。
「…サボるのってよくないよね…」
フェイレンがぽつりと洩らした言葉に、迎えに来たルックはただ首を傾げたのだった。
【了】
これまたノリと勢いだけで書き上げたギャグ短編。つーかビッキーのテレポート失敗って、どのくらいの確率なんでしょうか。私ゲーム中一回も被害にあった事ないんですけど(実話)
閑話休題。
思いの外動かしやすかったです、レオン。っていうか、結構好きなんですけど。シードとクルガンならクルガンの方が実は好き。出番あんまなかったね。ちっ。機会があったらクルガンエスコートの話も書いてみたい気がしますw
>>>おまけ
軍議をサボった罰として、軍師の書類整理の手伝いをクルガンより申し渡されたシードは、意外にもこれをあっさり承諾した。
非はシードにあるのだし、まあやって当然なわけだが…。
しばらく無言で書類整理をしていたシードが、唐突にレオンを呼んだ。
「なんですかな」
静かな口調の中に、『言い訳無用。いいから黙ってさっさとやれ』と不機嫌オーラを醸し出すレオンに、気づいているのかいないのか、シードは続けた。
「フェーレって何処に住んでるんだ? 王都じゃあ…ねぇよな?」
「……」
危うく洩れそうになった呻き声をレオンはなんとか飲み込んだ。
(フェイレン殿に限ってそんなドジは…いやしかし、あの方は何処か天然でいらっしゃるし…よもやバレたわけでは…)
表向き涼しい顔をしつつ、内心冷や汗かきまくりなレオンに、シードが乗り出すように続けた。
「なあ、何処だ?」
「…あー…あの子は体が生まれつき弱くてですな…普段は都会から離れた山奥に住んでいて、滅多にこちらには出てこないのです」
――というか、今日のは事故であってあの方がここに来る理由はない。
そう言うわけにもいかず、言葉を濁す。
「山奥…サジャ辺りか?」
「いえいえもっと遠いところです」
早口に言い、視線を落とし書類に集中するフリをする。
下を向いたレオンに構わず、シードは「ふぅん」と呟き、再びレオンに向かい、言った。
「今度はいつ来るんだ?」
――そこで。
レオンは違和感に気づいた。
「…何故そこまで気になさいます」
引きつった顔を上げぬまま問うレオンに、シードは慌てたように言った。
「い、いや? 別に気にしてるわけじゃ…それがさ? 今日な、街の案内をした時に、道の脇にほら、花が植えてあるだろう? それ見てさ、何か嬉しそうだったんだよ。どうしたって聞いたら、花がすごくキレイだって。なんか好きらしいんだよ、花。それでだな、王都から馬で一時間ほど行った処に昼寝したら気持ちよさそうな、弁当持ってピクニックするのに絶好の花畑があってよ。今日は時間がなくて連れてけなかったんだが、連れてってやったら喜ぶだろうなと思って!」
「…………」
確かに。
フェイレン・マクドールは、そこいらの少女よりも可憐だ。
艶やかで柔らかな黒髪。透き通るような緑の瞳。中世的というより明らかに女性的な整った顔立ち。
白い肌に均整の取れた華奢な体つき。立ち居振る舞いは静かで、気品に溢れている。
声変わりを迎えていない、少年にしては高めの声に加え、あの穏やかな喋り方。
間違えても無理はない。
ついでに改めて思えば、咄嗟に出た偽名――『フェーレ』というのも拙かった、かもしれない。
これで彼が男であると見抜いたら――『猛将』ではなく『知将』と名乗るのを許可してもいいかもな…と、レオンはどこか遠くで人ごとのように思った。
「でさ、あまりに無邪気に笑うもんだから、なんつーか、もっと喜ばせてやりてぇな、とか思ってだな。花の種を土産にって買ってやったんだよ。そしたらすげぇ喜んでさ。花の種ひとつでだぜ? 無欲だなって言ったらそんなことありませんって。大事にしますとかって笑って、それがまた」
なにやらこちらなどお構いなしでノロける(としか聞こえない)シードをしばし眺め――
(…放っておこう)
レオンの出した結論は実にシンプルだった。
(どうせもう会わないのだ。わざわざ若者の夢を壊す事もあるまい)
こうして、真実を己の胸に仕舞い込んだ親切な軍師のお陰で、しばらくハイランドの猛将は再び彼の姫(笑)に会える日を夢見つつ、日々の業務を真面目にこなすのであった。
【了】
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当サイトはくれぐれもシード×坊とか推してはいませんので(笑)