短編小説
「Trick or treat?」 やたら楽しげな、弾んだ声に、ゲドは怪訝な顔で振り向いた。 …妙な物体が、いた。 「…何をしている、ハヤテ」 とりあえず、問い掛けてみる。 ハヤテは笑顔のまま、もう一度繰り返した。 「Trick or treat♪」 …
「そんなワケで、ごめんなさい」 ペコリと頭を下げるマオに、ソファに座り腕を組んでいたルバロは長いため息を付いた。「…謝罪の為に、わざわざ来たの」 あからさまに迷惑だと顔をしかめるルバロ。しかし、マオは気にする風もなく下げた頭を勢い良く上げ満面…
「え、マオの名前って、ナナミが名付けたのか!?」 酒場の前を通りかかった俺の耳に、フリックさんの素っ頓狂な声が届いた。 ちょうど暇潰しのネタを探していた所だったし、これ幸いと酒場を覗き込んでみる。 時間が時間なだけに人もまばらな酒場…その中央…
短いにも関わらず、サラサラと波打つ艶やかな黒髪に、彫刻のように整った顔立ち。 陶器のように白い肌、同年代の少年よりも華奢な身体はまるで女の子のよう。 何より目を引くのは瞳。 不思議な紫の眼は無感情にこちらを射抜く。 (“魅了”の魔力があっても驚…
本当の所。『ここ』に戻ってくる気はなかった。 生まれ育った、僕の街。 たくさんのことが、あった。 楽しかったこと。 嬉しかったこと。 時には悔しかったり、悲しかったり…。 自分の未熟さを痛感し、無力さに打ちのめされたこともあった。 すべてが大切な…
「ボクと戦ってください!」「嫌です」 会話はものの三秒で終了した。「何あれ何あれ! マオが一生懸命お願いしたのに、あんな態度ヒドすぎる!」 トランから本拠地であるリサイクル城へ帰る道中、ナナミはずっと憤慨していた。まあ無理もない、ような気もす…
「…それで。何がどうなってこんな事になったのか、私が納得のいく説明をお聞かせ願えますよね」 額に血管浮かび上がらせ、シュウが震える声で問う。 シュウの指す『こんな事』とは──石版のある広間の半壊状態。 実行犯である風使いの魔道士の少年は、顔全面…
最初に認識したのは、赤い絨毯の敷かれた長い廊下。「……。」 とりあえず、見回してみる。 道なりに設置されたアンティークな燭台。 壁に掛けられた絵画。 十字路の左右に飾られた鎧兜。 …見覚えは、全くない。「…………。」 自分の身を確認。 落ちた時、咄嗟に…
フェイレンとシーナの二人がトゥエンを追い走り去っていく背を見送り、ルックは小さく溜め息を吐いた。(くだらない) 心の中で呟く。 くだらない──どれも、これも。 戦時中にも関わらず、毎日楽しそうに笑っている軍主も。 お祭り気分でそれを煽るどこぞの…
トゥエンに遅れること数分。階段を駆け上がったフェイレンとシーナは辺りを見回す――が、トェエンの姿はすでになし。「…困ったな、どっちに行ったんだろう…」 騒ぎを聞きつけたらしい数人がこちらに注目していた。「なあ、トゥエン見なかったか?」 付いてき…
いつものように。 突然屋敷を訪れた、同盟軍々主トゥエンの要請で同盟軍の本拠地を訪れたトランの英雄フェイレン・マクドールは、ヘルフェン城の入り口で途方に暮れていた。「…えーと…」 何故彼が困っているのかというと──案内人であるトゥエンがいきなり消…
日課である船内の見回りの途中。 とても珍しいものが視界に入り、僕は思わず足を止めた。 「…テッド?」 ぽつりと漏れた呟きに、視界の先で少年――テッドがびくりと肩を揺らす。 「あ、ごめん。驚かせちゃった?」 「…別に」 そっけなく言い、早足に去ろうと…
――晴れの日は、あまり好きじゃない。 「ルックーっ!」 …またか。 広間に響き渡った、毎度の声。僕は不機嫌に眉間に皺を寄せる。 ちらり、と視線を動かせば、両手を大きく振りながら大股で駆け寄ってくる軍主の姿。 何故あんな無駄な言動が多いのだろうか。 …
人でごった返す通りを早足に歩く。 (テッドのヤツ…っ!) 抱えた袋にちらり、と視線を送る。紙の袋にはぎゅうぎゅうに果物が詰まっている――確認し、忌々しげに眉根を寄せすぐに視線を戻す。 袋に入っているのは、今しがたルバロが――出不精のルバロが――わざ…
「あら、まあ」 「……」 僕――ササライ・カテドラーレは、自身の目の前で驚きの呟きを洩らしつつも、のほほんと笑っている人物をじっくりと見た。 長めの茶色の髪はそのまま流していて、動くたびにさらさらと揺れる。青い神官服をきっちりと着込み、薄い緑の瞳…
「なあ、ルバロの好みってどんな女性?」 いつもながら、唐突に投げられた問い掛けに、ルバロは一瞬眉根を寄せた。 「…そうだね。聡明で物静かな女性かな」 答えないと答えるまで同じ言葉が投げ掛けられるのはわかっていた。だからルバロは素直に答えた。 「…
「なあ、ルバロ。外出しないか?」 「いいよ」 …………。 毎度の台詞を口にした俺に、しかしルバロはいつもと違う返事を返した。 「ルバロ…具合でも悪いのか?」 「具合悪いって言ったら素直に帰るの?」 「いや帰らねぇ」 微かに眉を潜め、「何それ」と小さく…
「なあ、ルバロ。外出しないか?」 「しない」 即答し、今度は何秒かなと六回目のカウントを開始する。 「なあ、ルバロ。外出しないか?」 「…十秒」 またカウントが短くなった。最初は一分、次が五十秒、四十秒、三十秒…。 はあ…。 僕は溜め息一つ付き、読…
「なあ。お前にとって『幸せ』って何?」 突然の、テッドのヒトコト。「…どうしたの、テッド」 あまりに脈絡のない問いに、フェイレンはまじまじとテッドの顔を覗き込む。「いや、別に深いイミはないって」 対し、テッドはいつもと変わらぬ笑みを返す。「で…