人でごった返す通りを早足に歩く。
(テッドのヤツ…っ!)
抱えた袋にちらり、と視線を送る。紙の袋にはぎゅうぎゅうに果物が詰まっている――確認し、忌々しげに眉根を寄せすぐに視線を戻す。
袋に入っているのは、今しがたルバロが――出不精のルバロが――わざわざ市場まで出向き、購入してきたものだ。
行きたくて行ったわけではない。話の流れというか…いや、この場合、多分にルバロの自業自得が含む所である。
いつものように、ルバロの読書の時間を見計らって屋敷を訪れたテッドと、言い合いの末カードゲームをする事になった。
「やだよ。なんでそんな面倒な事」
「お前、相変わらず若さが足りねえなあ…」
「そんなもの、なくて結構。今日中にこの本、読んでしまいたいんだ。どっか行って」
やはりいつものように冷たく対応するルバロに、テッドはカードをシャッフルしながら言った。
「じゃあさ、勝負しないか? お前が買ったら、今日は大人しく帰るよ」
「……」
「それとも。自信ないか?」
「…………」
片眉を上げ、口元に笑みを浮かべ挑発的に言い放つテッド。そしてそわかり易い挑発に乗ったルバロ。
かくて、5回勝負をストレート負けというなんとも屈辱的な結果の元、こうして買出しにまで行かされる羽目と相成ったのだった。
(なんでテッドには勝てないんだろう…)
テッドが来るまでは、負けた事がなかった。
同じ屋敷に住むグレミオやパーン、クレオはもちろん、たまに屋敷に訪れる将軍たちにも――勝負事には興味ないと公言するルバロではあるが、将軍たちとはたまにチェスの相手をしたりもする――互角以上に渡り合ってきた。
なのに――テッドには、どうしても勝てなかった。
(腹立たしい…なんだかテッドにはいつも負けているような気がする)
これは由々しき事態、のような気がする。
このまま自分はテッドに振り回され続けるのだろうか――否。そんな事、あってはならない。あってたまるか!
(何か策を講じないと…)
考えているうちに、屋敷が見えてくる。同時に、屋敷の自分の部屋で我が物顔でふんぞり返っているであろうテッドの姿を見た気がして、ルバロはさらに眉根を寄せる。
部屋に入ると同時に、果物をあの顔に投げ付けてしまおうか――そんな事を思いながら、角を曲がる――瞬間。
――どんっ!
軽い衝撃――と共に、視界にちらりと青銀のきらめきが過ぎった。
「――っ?」
バランスを崩し、よろけたルバロの腕が掴まれ引き上げられる。反動で、引かれた方へと傾いた体が、柔らかく抱き留められた。
「大丈夫?」
掛けられた声は、予想に反して女性のものだった。
「え…」
「ごめんね、余所見をしていたものだから…怪我はない?」
顔を上げる。心配げに自分を見下ろす、優しげな――自分と同じ、珍しい色の紫の瞳と視線が絡み合う。
「あ…失礼。僕も、急いでいたものだから…」
慌てて体を離し、軽く頭を下げる。滅多に出さないしおらしい態度で謝罪した。
「じゃあ、お互い様だね」
女性は、怪我がないのを確認しほっとしたようだった。笑みを浮かべ続けた。
「余所見をしながら歩くのも、急いでいるからと走るのもよくないね。お互い、気を付けようか」
「…そう、ですね」
女性の雰囲気のせいか、それとも気紛れか――もしくは、同じ瞳の色に惑わされたか――いつもなら早々に去るルバロだったが、この時ばかりは違った。
「この辺り、何か余所見をするようなもの、ありましたか?」
自分から、話題を振る。女性は知り得ない事だが、本当に珍しかった。
一瞬きょとん、とした女性だが、すぐに困ったように苦笑した。
「お恥ずかしながら、少々道に迷ってしまってね」
周りの建物を確認しながら歩いていた為、前方への注意が疎かになった、と続ける。
「どこか目的が?」
「いや、街を見て回っいて、そろそろ宿に戻ろうかと…」
「ご案内しましょうか?」
「え?」
ルバロの提案に、女性が小さく呟きを洩らす。
「もうすぐ日が暮れます。この街は治安は良いですが、だからと言って女性が一人でうろうろするのは憚れます」
「それは大丈夫なのだけど…君は? 買い物の途中なのでは?」
女性がルバロの荷物に視線を送る。
「宿に行って帰るくらいの時間なら、大丈夫です」
荷物を抱え直し、言い切る。心の中だけで、待たせても問題ない。むしろ待たせてやれ、と呟く。
「…そう? じゃあ、せっかくだしお願いしようかな」
「では行きましょう」
行って、ルバロはゆっくりと歩き出した。
「遅いっ!」
開口一番、聞こえてくる文句。予想通りだった。
「市場、混んでたのか? それとも、途中迷子にでもなったか?」
身を乗り出し冗談半分で訊いてくるテッドに、ルバロは面倒そうに顔を顰めるフリをした。
「ちょっと、人を案内していただけ」
「案内~? お前が??」
心底不思議そうに声を上げるテッドに、ルバロは頷いた。
「女性が困っていたから、つい」
「嘘付け。お前、さてはわざとだろう! 報復のつもりか?」
わざとらしく棒読みで言ったルバロに、テッドが眉を吊り上げ即座に反論する。
「いやいや、そんな事。女性が困っていたら、助けるのは当たり前だろう?」
「それで果物忘れたとか言わないだろうな?」
「今グレミオが剥いてる。すぐ持ってくるんじゃない?」
それで、テッドは納得したようだった。「なら、まあいいか」と呟き一旦身を引く。再びルバロの方へ身を乗り出した時には、楽しそうに目を輝かせていた。
「で? 案内した女性って、どんなだ? お前が面倒なのを押して案内するなんて、よほどの美人か??」
「……」
テッドの切り替えの早さに呆れながら、同時に感心する。ルバロは考えるように視線を彷徨わせ、もったいぶった様に間を置いてから口を開いた。
「分類するなら、美人ではあると思うよ」
「? なんか妙な言い回しだな?」
「別に顔の造形で親切にしたわけではないからね」
美人に弱い、なんて思われるのは不本意なので、そこはきっちりと反論しておく。
「なんていうか…不思議な人、だった。物腰が柔らかいというか…雰囲気が暖かい感じ」
「ふうん?」
いまいちわからないという顔で、テッドがなんとも言えない呻きを洩らす。とりあえず、美人であるという言葉に惹かれたか、「容姿はどんな感じ?」と重ねて訊いてくるテッドに、ルバロは一つ頷いて続けた。
「綺麗な青銀の髪をこう…上で一つにしていて、目は僕と同じ紫だったよ。この目の色、珍しいのに…驚いた」
言った瞬間――テッドが大きく反応した。
「――っ、青銀の髪に、紫の瞳って言ったか?」
「え、あ、うん。言った」
「名前は!? 名前、なんて言っていた!?」
テッドの剣幕に、驚きながらルバロは口を開こうとして――それを遮るように、再びテッドが言葉を重ねた。
「あ、いや――そんなはずないな。うん」
「…テッド?」
「悪いルバロ。なんでもない」
繕うように笑みを浮かべるテッドに、ルバロが訝しげな視線を向ける。
「――ちょっと、昔の知り合いに特徴が似ていたからさ。でも、いるはずないんだ。だから、気にしないでくれ」
少し寂しげに呟くテッドに、ルバロは口を噤んだ。
テッドの言葉には、拒否の意思が感じられた。話題にするのも憚れるほどの、拒否の意思。
寂しげな表情と相成って、それは痛々しい感じもした。もしかして、その心当たりの人は、亡くなっているのかもしれない――そんな風に、ルバロは勝手に想像する。
(まあ、訊かれても名前、知らないから答えようがないんだけれどね…)
「待ち切れないや。下行かね?」
テッドの提案に、ルバロは呆れながらも頷き――二人は揃って部屋を出て行った。
【了】
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割とあっさり登場しました、【郷愁ノ君】でちらっと出てきたテッドの想い人。
本登場はまだまだ先なので、詳しくは割愛です。