「そんなワケで、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるマオに、ソファに座り腕を組んでいたルバロは長いため息を付いた。
「…謝罪の為に、わざわざ来たの」
あからさまに迷惑だと顔をしかめるルバロ。しかし、マオは気にする風もなく下げた頭を勢い良く上げ満面の笑顔で元気に言った。
「はい! いけないことしたり悪いと思ったらちゃんと謝罪しないとダメだって爺ちゃんが!」
ゲンカクさん、良い教育しましたね。
日々冷徹軍師や毒舌魔術師、のんだくれ親父に唯我独尊英雄その他ものものどうひいき目に見ても教育によろしくない人々に囲まれて生活している割にはマオは素直なよい子だよなぁ。
ある意味感心だわ。
「君、暇なんだね」
「暇じゃないです! ムササビハントの予定があります!」
「……」
…前言撤回。
ゲンカクさん。教育間違ってませんか?
「それで、結局ルバロさんはなんで名前嫌いなんですか?」
一先ず当初の目的であった『ルバロへの謝罪』が済んだ後。(と言っても謝罪したのはマオだけだが)今日はもう日が沈み外も暗くなったからとグレミオさんの提案で一晩マクドール邸に世話になる事になった、のはいいのだが…。
「マオ…お前せっかく丸く収まったところに話蒸し返すなよ」
飲んでいたお茶を危うく噴出すところだったじゃないか。
代表して言った俺の言葉に、マオは慌てて両手をブンブン振りながら言った。
「違うんです、えっと、由来とかちゃんと教えてくださいって意味ではなく、いや教えてくれるなら聞きたいんですけど! そうじゃなくて…なんでこのお話がイヤなのか、理由はなんなのかなって!」
「…それ、結局言えって事じゃ?」
さすがに呆れ顔でビクトールのおっさんが問えば、マオはうーんと眉間に皺を寄せ唸った。
「そうじゃなくって…うまく言えないけど、イヤな事はなんで、どうイヤなのかちゃんと言わないとわからないじゃないですか」
懸命に言葉を捜しながら、言葉を紡ぐマオ。ルバロの眉が微かに動いたのを俺は見逃さなかった。
「イヤな事をただイヤって言うだけじゃ、きっと誰もわからないし…わからないから、聞こうとするんじゃないかな…わかる為に」
――かちゃん。
音を立て、ルバロがカップを置いた。
全員が思わず体を強張らせる。つい昨夜、同じようにルバロがカップを置いて…思い出される、光景。
注目される中、ルバロはそっと息を吐き出し――口を開いた。
「――君。それ全部計算?」
「はい? 僕二ケタの計算しか出来ません」
「そうじゃねえだろう!」
思わず反射的に突っ込む俺。
ルバロはもう一度ため息をついた。
「なんだかバカらしくなってきた…」
呟くルバロに、グレミオさんが微笑ましげに笑みを浮かべた。
「よかったですね、坊っちゃん。お友達が出来て」
「嫌味か、グレミオ」
軽く睨みつけるルバロに、グレミオさんは全く気にせずにこにこと笑っている。
「一歩踏み出してくれるお友達に、応えなくていいんですか?」
その言葉に、三度ため息を付くと諦めたようにルバロは再び口を開いた。
「僕の名は、陛下の名を頂いたんだよ」
「陛下って…赤月帝国皇帝?」
「ルバロさんの名前って、皇帝さんがつけたんですか!」
フリックの言葉にマオが驚きの声を上げる。ルバロは心底面倒そうに訂正を入れた。
「名前をつけたのは父上。陛下の名前の一部を頂いたんだよ」
ルバロの言葉に、一同が首を傾げる。
陛下の名前をって…陛下…確かバルバロッサって…え?
「ああ!?」
気付き、思わず声を上げた俺に一同が驚き注目する。
視線で確認すると、ルバロは嫌そうにふいと顔を逸らした。
うーわー…そりゃ確かに言いたくねえよなあ…。
「シーナさん?」
マオの声に、一瞬躊躇するも…ルバロの口から言わすよりはマシかなと俺が口を開いた。
「つまり…陛下の名前、マオは知っているか?」
「え? えーと…バルバロッサ・ルーグナー…だったっけ?」
それで気付いたらしい腐れ縁コンビが揃って声を上げた。
『バ ルバロ ッサ!』
『ああ! なるほど!』
やっとわかったらしいマオとナナミが手をぽんと叩き納得の表情で声を上げた。
…うん。確かに言いたくねえよな、それは。しまったあという顔して黙り込む一同。もちろん、俺も黙る。ヘタにフォローしようとすると、余計に…となりかねないし。
しかし、ずっと黙っているわけにもいかないし、どうしたもんかなあと思った矢先――マオが口を開いた。
「そっか、ルバロさんの名前ってお父さんにつけてもらったんですね。いいなあ。すっごくいい名前だと思います!」
「君、もう少し気を遣うって事覚えた方がいいんじゃない?」
うわルックに言われちゃダメだろう!
まあさすがのルックも言いたくなったんだろうけど…あ、マオ、わかってない? きょとんとした顔でルック見てるし。
「え? えっと、由来とかイロイロあるかもしれないけど…でも、お父さんがルバロさんの為に一生懸命考えてくれた名前なんだよね? ルバロさんが皇帝さん倒したとか、それ名前付けた時には関係ないじゃない。お父さんは、そんな意味でつけたわけじゃないでしょう?」
『…………』
沈黙。
どう反応していいのかわからず、ぽかんとマオを眺める一同に…やはりマオも「ボク何か変な事言った?」とばかりにきょとんとしている。
がたん――と音を立て、ルバロが立ち上がった。
あちゃ~…やっぱり気に障ったのかな? 一同が見守る中、ルバロはグレミオさんの肩をトンッと軽く叩き、こちらを一切見ずに部屋を出て行った。
「あ、あの、ボク、無神経な事言っちゃいました?」
さすがに慌てて言うマオに、グレミオさんは笑顔のまま「いいえ」と言った。
「嬉しかったのなら、素直に笑えばいいのに…照れ屋さんで困ったものですよねえ」
『……へ!?』
腐れ縁二人と、俺の声が重なる――そんな俺たちに構わず、グレミオさんはにこにこと続けた。
「きっと赤くなったお顔を見られたくなかったのでしょうね」
「ルバロさんは恥ずかしがり屋さんなんですね!」
どこか的外れな感想を元気に言っているマオの声を聞きながら、俺はどう反応すりゃいいのかわからずに固まる。きっと腐れ縁コンビも同じ気持ちだろう、妙な顔――たぶん俺も同じような顔をしていたに違いない――で固まっていた。
「じゃあ、ルバロさん、怒ったわけじゃないんですよね?」
「ええ、大丈夫ですよ。また誘って上げてくださいね」
確かめるマオに、グレミオさんが笑顔で受け答えをする。
マオは満面の笑みを浮かべ、元気に言った。
「良かった! これで安心してムササビハントにお誘い出来ます!」
『結局それかいっ!!!』
俺と腐れ縁コンビの声が見事に唱和した。
【了】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
どうもお話を短く簡潔に纏めるのが苦手のようです。
そして短編のお話はルバロ(坊)の元へ行くマオ(2主)というのがパターン化しそうです(笑)
今回もシーナが語り手になっていたのですが…書きやすいのかしら??