「ボクと戦ってください!」
「嫌です」
会話はものの三秒で終了した。
「何あれ何あれ! マオが一生懸命お願いしたのに、あんな態度ヒドすぎる!」
トランから本拠地であるリサイクル城へ帰る道中、ナナミはずっと憤慨していた。まあ無理もない、ような気もする。
(取りつく島がない、とは…きっとあーゆーのを言うんだろうなぁ…)
道中、さんざん喚き散らしても全く怒りが収まらない義姉は、本拠地に着くなり酒場に乱入。カウンター前に陣取り、お酒を呑んでいた熊男と青いお兄さんとナンパなお兄さん相手に延々と愚痴っていた。
ふと気が付けば、いつの間にかいつものように石版前に陣取っていたはずの風使いの少年も巻き込まれていたが…ヘタに止めに入るとナナミの怒りの矛先がこちらに向くので、自分の運の悪さを嘆いてもらうと言う事で。(合掌)
「英雄だかなんだか知らないけど! 断るにしたってもっと言い方があるでしょう!?」
たまたま隣に座ったフリックさんの肩をバシバシ叩きながらまくしたてるナナミに、一同は微妙な表情。
(…まあ、彼らにとっては『元』軍主だしね…やっぱ心情的にはあっちに味方したいのかな?)
それを口にしないのは、ボクがこの場にいるから…かな。
そんな事を考えながら、酒場の女主人レオナに特別入れてもらったホットミルクを一口――その、瞬間。
――ばんっ!
勢いを付けてテーブルを力一杯叩き、ルックが立ち上がった。
眉間に深く皺を刻みナナミを睨み付ける。延々続く愚痴に、いい加減キレたようだ。
「…君ら、バカ?」
不機嫌MAXな彼の声音は、予想と反して心底呆れたものだった。
「…え…?」
思わず呟いたボクを見下ろすようにして、彼は続けた。
「聞くけど。ちゃんとアイツに『戦ってほしい理由』ってヤツを説明したんだろうね?」
…………。
「そういえば、してない」
答えたボクに、一同が『ああ、やっぱり』と溜め息をついた。
「で、でもでも! そんな説明、聞いてくれるような雰囲気じゃなかったもん」
慌てたナナミのフォローに、ルックは冷ややかな侮蔑の視線を送る。
「どうせアイツの無表情さに勝手に勘違いしただけだろう」
アイツの態度にも問題はあるけど、と言い捨て、彼は早足に酒場を去っていった。
「…な、何よう…一体なんなの???」
呆気にとられるナナミにシーナさんが苦笑混じりに言った。
「アイツの無表情は、別に機嫌が悪いワケじゃないんだよ」
「え???」
「アイツの表情が変わるのなんて、俺たちだって数える程しか見たことがない」
と、フリックさん。
「能面だ人形だと、さんざん言われてたもんな」
ビクトールさんが豪快な笑いと共に言う。
「…なんで? なんで、そんな…」
秒数毎に表情を変えるといっても過言ではないようなナナミからすれば、それは理解不能な事で。無意識の呟きに答えたのは、シーナさん。
「極端な話さ。アイツはこれまで『悪意』の中で育ってるワケよ。アイツの事、少しは知ってるだろ?」
「『トランの英雄』?」
応えるボクに、シーナさんは「その前」と苦笑しながら言った。
「アイツ…ルバロは、帝国貴族様で、そりゃもう将来超有望株なワケ! 近づくやつはみーんな、アイツを利用しようとか、近くにいりゃあ甘い汁吸えるだろうとか、オトせば玉の輿!ってな女の子とかばーっかり!」
「そんな中で育てば、まああんな可愛くないガキになるよなぁ」
失礼な事をさらっと言ったのはフリックさん。…この人、こんな事言う人だったんだ…。
「ま、そんなワケで、アイツの無表情は標準装備なものであって、アイツ自身は他人蔑ろにするような冷血漢じゃ決してないんだ。無茶だとは思うけどさ、あんま誤解しないでやってくれや」
――その、寂しげな笑顔が。自分たちは、彼を変えることが出来なかったと…力に、なれなかったと、後悔しているように見えて。
「わかりました。ボク、また明日お願いに行きます」
立ち上がり、宣言するボクに、ナナミが驚きの表情で見上げてくる。
「そーゆーワケで、明日は同行お願いしますビクトールさん、フリックさん、シーナさん」
「「「はっ!?」」」
綺麗にハモった三人を放置し、ボクはルックに同行を頼むべく酒場を飛び出した。
「なんで僕まで」
「…やっぱ怒ってるよな…いきなり殴りかかってきたりして」
「殺されたりゃあしねえ…よな?」
不機嫌に呟くルックと、何故か青くなってる大人二人。それを苦笑しながら眺めるシーナさんと無理矢理同行してきた義姉。
以上の面子でボクたちはバナーの峠を歩いていた。
目指すトラン共和国の首都グレックミンスターは、このバナーの峠を半日ほど歩いた先にある。
峠と名が付くだけあって上り下りの続く険しい道程だ。
「全く、冗談じゃないよ。なんで山登りなんてしないといけないわけ。しかもルバロなんかに会う為に」
不機嫌MAXなルックはグチりっぱなしだ。
「なんかにって…おっ前、それルバロに聞かれたら半殺しにされるぜ?」
からかい口調で言うシーナさんに、ルックは冷笑を浮かべ
「僕がそんなミスするわけないだろう」
と言い切った。
…というか…聞かれたら半殺しって…。
「僕より口滑らしそうなのがいるだろう。そこの青いのとか」
ルックの言葉に、全員が青いのことフリックさんに注目する。
「ちょっと待て、どういう意味だよ!?」
「3年前、ルバロに向かって暴言吐いただろう、おまえ」
「思いっきり私情で『協力しない』とか騒いで引き籠もったしね」
「ぶっちゃけ大人げなさすぎだぞフリックさん」
うわ。ビクトールさん、ルック、シーナさんの連続攻撃を受け、フリックさん撃沈。
…というか…なんだかフリックさん、ここ数日でずいぶん印象が変わった気がします。
最初は頼れる優しいお兄さんだなって思ったんですけど…いや、今もその認識自体は変えてないんですけど…何か人として欠けてるのは気のせいですか?
本性見えてきたというか本質を見た気がします。
落ち込んだフリックさんを励ましたり、浮上したフリックさんをルックが再び蹴り落とすような事言ったりしながら半日。
目的地に到着した時は、昼を少し過ぎていた。
「ルバロんとこ行く前に飯食わねぇ?」
シーナさんの案内で入った食堂は美味しかった。レシピもらえないかな。後で交渉してみよう。
あ、いや、それはどうでもよくて。
なんだかんだで、ルバロさんのお屋敷に来たのは三時過ぎだった。
「とりあえず、いきなり飛び出してきても対処出来るよう、構えておくか?」
「それ逆にケンカ売ってると思われないか!? 喜んで買われちまうだろう!」
…あの、ビクトールさんにフリックさん…あなたたち、三年前ルバロさんに何したんですか?
果てしなく不安が募っているが、こうしていても仕方ないし。
ボクは意を決してノッカーへ手を伸ばした――。
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