「なあ。お前にとって『幸せ』って何?」
突然の、テッドのヒトコト。
「…どうしたの、テッド」
あまりに脈絡のない問いに、フェイレンはまじまじとテッドの顔を覗き込む。
「いや、別に深いイミはないって」
対し、テッドはいつもと変わらぬ笑みを返す。
「で?」
「…いきなりそんな事言われても…」
重ねて問い掛けてくるテッドに、フェイレンは首を小さく傾げて考え込む。
「そんな考え込まずにさ、ぱっと思った事を言えばいいんだって。別に論争しようってんじゃないんだから」
真剣に考え込むフェイレンが可笑しくて、テッドはフェイレンの肩を叩きながら笑う。
「ほんと、フェイレンはイイ意味でもワルイ意味でも思考に填まり込むよな」
「そういうテッドはどう…なのさ」
些か気分を害したらしく、微かに頬を膨らませフェイレンが問う。そんなフェイレンに、テッドは含み笑いを洩らしながら「フェイレンが答えたら教えてやるよ」と答えた。
「…なんか…ずるい。それ」
上目遣いにテッドを睨むフェイレンに、テッドの笑みが深くなる。
「いいからいいから、ほら!」
テッドに急かされ、フェイレンは釈然としないまま再び考える。
幸せ。運命の巡り合わせ。その人にとって、幸運――幸福――であること。
幸運。物事が偶然に自分にとって都合のいいように運ぶこと。またはその様子。
幸福――現在の環境に十分に満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持ちを起こさないこと。また、その状態。しあわせ。
単語の意味を思い浮べ、考える。『僕』の幸せ? 幸運――幸福――現在の環境…それ以上…?
それ以上って、なんだろう? 望もうという気持ち…望み…? 願い? 僕の、願い…。
「……いま」
しばらくの思考のち、ぽつりとフェイレンが呟いた。
「へ?」
思わず間の抜けた呟きを洩らすテッドに、フェイレンは眉間に眉根を寄せ、躊躇いながら再び口を開く。
「えっと…だから、現在[イマ]…ってのは…答えに、ならない?」
「……」
――沈黙。
「…俺、『幸せ』について聞いた…よな?」
「うん」
「で、答えが…今?」
「…うん」
「なにそれ。」
テッドは両手を顔の横にまで挙げる。説明を求める時の合図だ。
フェイレンは首を傾げ「笑わない?」と問い掛けるとテッドは即座に頷き、「笑ったら今日のグレミオさんのシチューは諦める」と笑った。
つられて笑いながら、フェイレンはゆっくりと口を開いた。
「…父さんがいて、グレミオがいて、クレオがいて、パーンがいて…テッドがいて。
一緒にゴハン食べたり、他愛ないおしゃべりしたり、たまにケンカしたり、でもすぐ仲直りして。
晴れた日には土いじりしたり、散歩したり…そんな『当たり前の日常』。道で会ったら『こんにちは』って挨拶して、別れる時には『またね』…そんな変わらない毎日が、僕の『幸せ』…だよ」
説明を終え、フェイレンが黙り込む。
反応のないテッドの顔をフェイレンが恐る恐る覗き込むと、テッドはスイッと視線を壁の方へ向け、ぽつりと「…じじくせ。」と呟いた。
「なっ! なんだよ、笑わないって…!」
「いや、笑ってはいないし。うん、笑ってない」
言いながら、身体ごと壁に向き直るテッドの背に、「…うそつき」と言うフェイレンの不機嫌な呟きが響いた。
その呟きを聞きながら、テッドはフェイレンの奥深さ、底知れなさを改めて実感し、感嘆の念を抱いていた。
(たかだか十年とちょっと。それしか生きていないくせに…)
何故。
こうも自分の言いたいことを先んじるのだろうか。
(『土いじりしている時が一番幸せ』とか言ったら思いっきり笑ってやろうと思ったのに)
驚きが過ぎた後は、嬉しさが込み上げてきて。
(コイツならきっと…)
俺の事。
俺が持つ、生と死を司る紋章の事。
きっと、『関係ない』と笑ってくれる。
すべてを知ったとしても――きっと、自分を『親友だ』と、変わらぬ笑みを浮かべてくれる。
――確信。
(…ま、話す気はないけれどな)
それでも。救いはあったのだと思える。
自分の、永遠にも思える永い孤独の刻に。
ここに辿り着いた事を、諦めずにここまで歩き続けた事に、誇りを持てる――力に、なる。
「…それで、テッドの『幸せ』は?」
未だ不機嫌継続中らしく、微妙に固い声で問い掛けてくるフェイレンに、テッドは満面の笑みで振り返る。
「教えない!」
と言った――瞬間。
テッドの答えを予期していたのか、絶妙のタイミングで枕が飛来しテッドの顔面にヒットした。
「ってぇな! 何す――」
テッドの非難の声は、フェイレンの冷ややかな目に撃墜され最後まで紡がれなかった。
「…おおうそつき」
心底いじけたフェイレンの言葉付きで。
テッドは頭を掻きながら、決まりの悪そうにそっぽを向き、「…ガキ。」と呟いた。
――そして始まる子どもの口喧嘩。
マクドール家は今日も概ね平和だった。
【了】
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幻想水滸伝1が始まるより、少しだけ前のお話。メイン坊とテッドのほのぼの日常のひとコマ。
元はサイトの拍手か何かに公開していた…気がします(忘却)